結論から言うと、「時代遅れのビジネス習慣」を“分かりやすい小ネタ”として消費している限り、職場はほとんど変わらない。ハンコを笑っても、上司待ち残業を嘆いても、根っこにあるのが「評価制度」と「権限設計」と「運用責任の所在」なら、形だけ入れ替わって同じ苦しさが残るからだ。
今回トレンドになっているのは、日本経済新聞がZ世代の正社員1000人を対象に行ったアンケートで、「時代遅れだと思うビジネスの謎習慣」トップ10が示されたという話だ。1位は「上司が帰るまで帰れない雰囲気」、2位は有休申請時の「申し訳ありません」、3位はハンコ必須の紙書類などが並ぶ。どれも“あるある”で、誰でも一言ツッコミができる。だからこそ、コメントや引用の場では話が早い。「うちも同じ」「それ昭和」「転職しろ」と一瞬で流れが作れる。
ただ、ここに落とし穴がある。上位の項目に共通するのは、マナーや道具の問題に見せかけて、実は「責任の置き方」が曖昧な組織で起きやすい現象だという点だ。
たとえば「上司が帰るまで帰れない雰囲気」。これは礼儀の話に見えるが、実態は管理の放棄に近い。退勤判断の基準が、成果でもルールでもなく“空気”になっているからだ。空気を基準にすると何が起きるか。基準が見えないので、早く帰る人は罪悪感を背負い、遅く残る人が「頑張っている」扱いになりやすい。すると評価が歪む。評価が歪むと、さらに残ることが正解になる。空気が自己増殖して、会社としての意思決定が消えていく。
次に「有休申請で申し訳ありません」。これも礼儀や言葉遣いに見えるが、根は運用設計だ。有休は権利で、取得を前提に業務設計をするのが本来の姿だが、現場が回らない状態のまま“個人の調整力”に押し付けると、休む人が周囲への負債を背負う構図になる。すると、申請の言葉が謝罪になる。ここで「謝らなくていい」とスローガンを貼っても、業務量と人員配置と代替要員のルールが変わらなければ、現場の体感は変わらない。結局、言葉だけが取り締まられて、休みにくさだけ残ることすらある。
そして「ハンコ必須の紙書類」。これも象徴として叩かれやすいが、ハンコそのものが主役ではない。多くの場合、問題は「誰が判断し、誰が責任を負うのか」を決め切れていないことにある。責任が曖昧だと、承認者が増える。承認者が増えると、証跡が欲しくなる。証跡が欲しくなると、押印や紙が便利になる。だから電子化しても、電子稟議が“ハンコのデジタル版”として増殖するだけで終わることがある。道具を変える前に、決裁の目的と責任の切り分けをやり直さないといけない。
では、なぜ多くの人は本丸(制度)ではなく小ネタ(象徴)に集まるのか。理由は単純で、小ネタのほうが痛みなく参加できるからだ。ハンコは目に見える。上司待ちはエピソード化しやすい。謝罪は一言で正義が言える。一方で、評価制度や権限設計は、会社ごとの事情が絡むし、変えると必ず誰かの得が減る。つまり揉める。だから「世代論」にも逃げ道が生まれる。「Z世代は合理的」「Z世代は甘い」と言ってしまえば、制度の話をせずに感情の勝ち負けで終えられる。これは改革を止める最短ルートだ。
ここで重要なのは、反対意見にも一部の合理性がある点だ。礼儀や手続きは、取引先との摩擦を減らしたり、内部統制を保ったりする機能を持つことがある。問題は、それが目的と結びついていないまま惰性で残り、しかも運用責任が宙に浮いていることだ。礼儀が人間関係の潤滑油として機能するのは、業務の前提が整っているときだけ。前提が崩れているのに礼儀だけを強化すると、潤滑油ではなく黙らせる蓋になる。
変わる会社と変わらない会社の差は、スローガンの上手さではなく、順番の正しさに出る。順番はだいたい同じだ。
1) 勤怠の基準を「空気」から「ルール」に戻す(退勤判断と残業承認の線引きを明文化する)
2) 評価の基準を「滞在」から「成果とプロセス」に寄せる(残業が美徳になる余地を削る)
3) 決裁の責任を「全員」から「担当者」に戻す(承認の数を減らす、証跡は目的に合わせる)
ここまでやって初めて、ハンコ廃止や口癖の修正が“実効”になる。逆に言えば、ここを飛ばすと、形だけの改革が現場の負担を増やす。
読者が今日できる次アクションは1つに絞る。自社の一次情報を確認してほしい。就業規則・勤怠ルール(残業申請と承認の基準)、決裁規程(誰が何を決めるか)、評価運用(何が評価されるか)。この3点を“文章”で読むだけで、あなたの職場の問題が「空気のせい」なのか「制度の欠陥」なのかが見える。見えれば、愚痴は提案に変えられるし、転職判断も現実的になる。
小ネタ叩きは気持ちいい。でも、気持ちよさで終わると、消耗するのはいつも現場だ。象徴に逃げず、制度に触れる。そこからしか、時代遅れは本当に終わらない。

