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シンナー直接販売の狙いと、現場が本当に知りたいこと

コラム
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供給不足で一番ズレているのは、量の話を聞いた瞬間に安心することだ。

今回のシンナーや塗料をめぐる投稿で見るべき点は、「日本全体として必要量を確保できている」という説明そのものではない。大事なのは、その量が本当に必要としている工務店、自動車整備業、塗装関連の現場まで届くのかという一点である。

原油やナフサを含む石油製品については、日本全体として必要となる量を確保できていると説明されている。一方で、シンナーや塗料については、依然として流通の目詰まりがあるとされている。この二つは矛盾していない。総量としては足りていても、特定の製品、特定の地域、特定の業種、特定の販売経路で詰まれば、現場では不足が起きる。

ここを見落とすと、反応はすぐにズレる。

「必要量があるなら問題ない」と安心する人がいる。逆に「現場が困っているなら全部足りないはずだ」と怒る人もいる。しかし、供給問題で本当に厄介なのは、その中間にある。全体ではある。だが、届いていない。数字の上では確保されている。だが、使う人の手元にはない。この状態こそ、流通の目詰まりである。

今回の対応では、シンナーや塗料の原料であるトルエン等の供給を、石油元売からの供給も含めて例年需要の1.8倍まで拡大するとされている。さらに、シンナーメーカーから最終需要家へ直接販売する仕組みを新たに実施するという。これは、単に在庫を積む話ではなく、経路を変える話である。

ここが重要だ。

政府が「供給を増やします」と言うだけなら、現場にとってはまだ遠い。メーカーに原料が届いたとしても、そこから生産され、販売網に乗り、必要な事業者に届かなければ、仕事は止まる。工務店や自動車整備業にとって必要なのは、発表資料の中の数字ではなく、今日使える材料である。

だから、直接販売という仕組みには意味がある。通常の流通経路が詰まっているなら、メーカーから最終需要家へ近い経路をつくる。これは、流通の中間をすべて否定するという話ではない。非常時に、必要な人へ届く別ルートを用意するという話である。

一方で、注意も必要だ。

約1万リットルが千葉県の倉庫に搬入されたという情報だけで、「これで十分だ」とも「全然足りない」とも断定できない。必要量は業種、地域、作業内容、納期によって変わる。1社にとっては大きな量でも、全国の需要から見れば限定的かもしれない。だから見るべきなのは、数字の印象ではなく、その後どれだけの需要家に、どの条件で、どの速度で届くかである。

コメント欄や反応で起きやすいズレは、ここにある。人はわかりやすい敵を探したがる。政府が悪い、メーカーが悪い、卸が悪い、買い占めが悪い、と一つにまとめたくなる。しかし、流通の問題は一者の悪意だけで説明できないことが多い。原料、製造、物流、販売、地域偏在、需要急増、情報不足が重なって、現場の不足として表面化する。

そして、もう一つのズレは精神論への逃げだ。「がんばろう」というラベルや掛け声に反応して、安心したり、逆に怒ったりする。しかし、現場を救うのは掛け声ではない。必要なのは、注文できること、買えること、届くこと、使えることだ。言葉の温度より、経路の精度を見るべきである。

今回の話は、シンナーだけの問題ではない。社会の供給網は、平常時には見えにくい。店頭に物が並び、業者がいつものように仕入れられるとき、人は流通を意識しない。だが、一度どこかが詰まると、「全体では足りているのに、自分のところにはない」という状態が起きる。そのとき、社会の弱さが露出する。

だから、今回のシンナー不足で見るべきなのは、政府対応を褒めるか叩くかだけではない。総量を確保した後に、どうやって最終需要家まで届けるのか。その設計が機能しているかどうかである。

「確保できている」と「届いている」は別物だ。

この区別をしないまま数字だけを見ると、現場の困りごとは見えなくなる。逆に、現場の困りごとだけを見て全体が崩壊しているように語っても、対策の評価を誤る。必要なのは、量、経路、対象者、速度を分けて見ることだ。

読者が次に確認すべきことは一つである。

シンナーの直接販売について、公式案内で対象者、注文方法、供給条件を確認することだ。供給不足の問題は、感情で解決しない。必要な人に必要な量が届くかどうかを、具体的な手続きで見るしかない。